Profile

ajyu 山本賢治

山本賢治(やまもと・けんじ)
1972年、福井県生まれ。美容師歴19年。都内某美容室に13年間勤務。その間に渡仏などを経て、原宿・表参道に開店の美容室オープニングスタッフとして参加。2005年4月独立し、原宿駅前に「aJyu」をオープンさせた。

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トータルビューティーヘアサロン
aJyu(アジュ)
高い技術力は前提。マニュアルではない言葉やもてなしで、一人ひとりのお客様と深くおつきあいのできることを大切に考えるヘアサロン。
Tel.03-3479-0524
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第4回 夢を見ることが現実を作り出す

 僕が美容師になった時の初任給は7万円。その時の家賃は3万8千円だった。
 これでは、いくら節約してもやっていけるわけがない。食事は、勤めていた美容室の隣が弁当屋さんだったので、余ったおかずを毎日のように貰って何とかしのいだ。そのお礼変わりに、弁当屋さんの髪を時々カットした。その頃の僕は、遊び盛りの十代。お金がないからといっておとなしくなんかしてられない。なけなしのお金をはたいて、とことんクラブ通い…夜更かしのせいで、アシスタントにも関わらず、遅刻ばかりしていた。そのくせ、口癖は「日本一〜」というとんでもなく生意気なガキだった。
 お金の面でも、精神的にも、いつも超ギリギリの生活。でも、スゲー美容師になってやる、という志だけは忘れたことはなかった。ファッション雑誌をめくり自分がいいな、と思うヘアスタイルを見つけたら切り抜き、部屋中にペタペタと貼る。すごい数の切り抜きで6畳ひと間の壁が全て埋め尽くされた。カップラーメンをすすっていても、朝目覚めても、切り抜きが見える。それを見て、スゲー美容師になってやるという初心を毎日思い返す日々だった。
 切り抜きだらけの部屋に住みはじめて、3年目。初めて、ヘアスタイルのコンテストに出場し、3位になった。今、考えると、毎日切り抜きを眺めているうちに自然に感性が磨かれたんだと思う。次に狙うはもちろん優勝。「絶対優勝するからコンテストのモデルになってください!」と声をかけた。そしたら、3年連続優勝できた。夢を見ることが、現実を作り出すとその時、分かった。
 僕は、新人時代、勢いはあったけど、どうしようもない部分もたくさんあった。だからこそ、今、新人を教える立場になって、必ず人には長所がある。そこをとことん伸ばそうと思う。そして、新人に夢を語りまくる。にやけてしまうほど夢を語る。僕ら美容師は、多くの人に喜んでいただくために存在する。自分が幸せじゃないと、人を幸せにすることなんて出来るわけがない。マイナスの発想なんていらない。ただ、プラスの発想でコツコツ毎日、夢を語り続けたい。鋏を握り続ける限り、ずっと。

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