連載 最終回 雨に濡れてみる
雨の日の出来事である。「傘を差さずに濡れて歩くってどうだろう」そう言って、私の友人は激しく雨が降る日に傘をたたんで、全身びしょ濡れになりながら、楽しそうに歩きだした。友人は私にも同じ事をするように勧めた。私は一瞬悩んだが、着ているスーツが濡れるのを躊躇して結局やらなかった。そして友人が楽しそうに雨に濡れて歩いているのを見て、大人気ないと思った。と同時に、正直羨ましいとも思った。
何故、あの時あんなに羨ましいと思ったのだろうか。とにかく、やらなかった自分に後悔したのである。そんな思いもあってか、次の機会をひそかに狙っていた。ところが、やる気はあるのだが、いざやるとなるとなかなか恥ずかしくて、そう簡単には出来ない。人の目が気になるし、またやる前に髪や服が濡れることのリスクを考えてしまう。やりたい気持ちと羞恥心、本能と理性の葛藤である。
それでもやりたい気持ちを抑えることができず、ある日、激しい雨の日にTシャツに短パン姿で、誰も居ない深夜に決行してみた。激しい雨に打たれながらびしょ濡れになって歩くのは、想像以上に快感であった。両手を大きく広げ、天を仰ぎながら雨に濡れる開放感は、何とも言えない気持ちよさである。途中すれ違う通行人が、怪訝そうな表情でこちらを見ると、最初こそ急に我に返って、こそこそとその場を走り去ったが、いい加減びしょ濡れになると、人の目もだんだん気にならなくなり、ある意味「それがどうした!」の心境であった。気分も爽快で、開放感に満たされたのである。
けっして雨に濡れるのが気持ちよいのではない。濡れることが楽しいのならシャワーを浴びるだけで十分である。実は、私たちは雨に濡れることにより、「雨に濡れないようにする」という自分自身の規範や枠組みを解放することが、快感なのである。この快感の正体は「開き直り」である。
人は、このように「開き直る」と気分が軽くなる。「雨に濡れてはいけない」、「風邪を引いたらどうしよう」、「濡れたままでは恥ずかしい」、そう考えては、濡れないように神経質になり、それが、自然と負担になる。私たちは、ビジネスの中でも、日常生活の中でも、意外にこの目に見えない規範の枠に縛られて苦しんでいることが多い。「こうしなければならない」、「こうあるべき」、「こうならなかったらどうしよう」と自らの思い込みの中で作られる「規範」に行動を制約され、場合によっては、ストレスを感じて心のバランスを崩してしまうこともある。そんな時にこそ開き直って、行動してみてはどうだろうか。たまには傘を差さずに雨に濡れてみるのも悪くない。職場の様々の問題や課題に行き詰ってにっちもさっちもいかない時は、「開き直って」みるのもひとつの手である。
苦しんでいる時にこそ、思い切って傘をたたんで、ずぶ濡れになってみよう。「開き直り力」を発揮して、自分の規範の枠組みを突き破ってみるのである。そんな時の雨は意外と貴方に優しいものである。









