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No.11 武田双雲 書道家

ストリート自分自身との格闘場 武田双雲

人気TV番組「世界一受けたい授業」に書道の先生として出演。狂言師・野村萬斎とのコラボ・パフォーマンス。更に大ヒット映画の題字を担当…。そんな武田双雲が、数年前までストリート書道をやってたと聞くと、さぞかし格好良いものだったろうとイメージしてしまう。でも、現実はそうではない。ただ、ひたすら恥ずかしさを克服しようともがく青年がゴザの上に座っていただけだ。

PROFILE

武田双雲(たけだ そううん)
映画「春の雪」、「北の零年」、テレビ朝日「けものみち」、TBS50周年大河ドラマ「里見八犬伝」、愛知万博「愛・地球博」のグローバルハウス各ブース他、数多くの題字を手がける。また、国内・海外問わず多くのパフォーマンス書道を行う。

後ろ楯のない一人の環境になったら生命力が溢れてきた

——街の一角にゴザを敷き、足を止めた方の好きな言葉を書くという「ストリート書道」が双雲さんのパフォーマンスの原点ですね。しかし、当時の双雲さんは全く無名の存在。冷たい反応だったのでは?
双雲「誰にも振り向いてもらえない。誰も足を止めてくれない。話しかけてもらえない寂しさ。文句を言われた方が楽。だけど、それさえなかったですね。友人に、こんなことやるんだと話しても、反対すらされず、頑張ってとしか言われない。そんな無反応の寂しさがきつかったですね」
——何故ストリートで書道を始めることになったんですか?
双雲「坪山健一さんというサックス奏者との出会いがきっかけです。彼が横浜駅前で演奏しているのを偶然見かけ、なぜだか知らないけど泣けてきた。自分は何でこんなに泣いているんだろう、ともう訳わかんなくて。その場で坪山さんに何でこんなことしてるんですか? とインタビューをしたんです。話しているうちに、彼ととにかく何かがしたくなって、お金なしで名刺やHPを作り…一緒にストリート出させてください、とお願いして、サックスを演奏している隣で書き始めたんですよ」
——ストリート書道、初日のことを覚えてますか?
双雲「5時間くらいゴザの上に座ってても、一人か二人しか足を止めなかった。確か、ヤンキーと酔っぱらいのおじさんだったかな。おじさんの会社の愚痴を散々聞いた後、『何か書を書きますか』と尋ねると『いや、いらない』と断られた(笑)」
——数少ない反応もそんな感じだと、ストリート書道、もっと言うと会社員から書道家への転身を失敗とは思わなかったんですか?
双雲「それを失敗とは思わなかったですね。なぜなら、当時は成功とか失敗とかっていう概念さえなかったので。それまでの自分って、絶望も希望もなく、だけど自殺を考えるわけでもない、その場を器用に生きているみたいなスタンスだった。全てが中途半端。瞬間、瞬間は楽しいんだけど、学校や会社に所属していても、行かされている感じや働かないといけない義務感が常につきまとっていた。それが、書道家として独立して後ろ楯のない一人きりの環境になった途端、不安よりも生命力が溢れてきたんですよ。そのエネルギーが、成功や失敗の概念を消したんだと思いますね。挫折が挫折にならないんですよ。次に何しよう、そればかり考えている。空に銃を打ち放題、それが空砲だろうと関係なくて—」

恵まれた時代に生まれてきたから枯渇感に飢えていたのかもしれない

武田双雲——挫折が挫折にならない心境ってすごいですね。
双雲「例えば、コンビニで一番安いノリ弁買って、駐車場で食ってる。そこへ雨が降ってきても、雨宿りなんかしない。わざと濡れながら食ってたりしたんですよ(笑)。冷たい、寒いっていいながら食べているのが好きだったりする。本当に貧乏で食べるものに困っている時代はそんなことわざわざしないんだけど、あまりにも恵まれた時代に生まれ育ってきたから、枯渇感に飢えていたのかもしれないですね」
——ストリートでご自身のスタイルを作るまでにどれくらいの期間がかかりましたか?
双雲「人が全く来なくて、恥ずかしくて顔をあげることもできず、始めてから1年くらいは自尊心との闘い。でも、そのうち、いろんなことに気づき出したんですよ。来いやーと構えるほど人は集まらないんだなとか、上手く書こうとするほど、上手いねで終わっちゃうんだな、とか。失恋したばかりの女の子が来た時に、どうやってなぐさめようかな、と思っていると下手な字なんだけど、泣いてくれたり。ストリートで人の心に届く書の基礎を学んだ気がします」
——「ストリート書道」はどの辺りでされていたんですか?
双雲「藤沢、新橋、銀座の3カ所。サラリーマンのおじさん、ヤンキー、コギャル、水商売風の方々…とにかくいろんなジャンルの人とリアルに触れあうことができました。一人ひとりの気持ちに入り込むと、それぞれドラマがあって、みんな必死に生きているということが分かった。酔っぱらいのおじさんも、遠くから見ていると、へべれけなだけじゃないですか。でも、実際間近で話してみると、会社辞める辞めないですごく悩んでたり、書の文字を決めるのにも1時間くらい考えて、妻の名前でお願い…ってすごくかわいかったりするんですよ。そういう意味ではストリートって、僕の人を見る時の偏見をなくしてくれた場所なのかもしれません。僕の書は、社会にあまり適応できてない人にもすごく受け入れてもらっていますが、それもストリート書道をやったおかげ。自分と違うジャンルの人を好きになれたことがつながっているように思います。もし、ストリートの経験がなかったら、自分と気の合う人の心しか打てない、そんな書になっていたのかもしれませんね」

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