1. ホーム
  2. インタビュー 一覧
  3. No.26_上原ひとみ

No.26 上原ひとみ ピアニスト

上原ひとみ 上原ひろみという音楽

彼女のパフォーマンスは枠にとらわれないジャズ、クラシック、ロック音楽の世界を自由に、奔放にそしてピアノと会話をするように…誰にも真似できない上原ひろみというカテゴライズの上原ひろみという音楽

PROFILE

上原ひろみ(うえはら・ひろみ)
1979年生まれ。静岡県浜松市出身。6歳よりピアノを始め、ヤマハ音楽教室で作曲を学ぶ。10代の頃から頭角を現し、17歳の時にはチック・コリアと共演、絶賛されている。1999年、名門バークリー音楽院に入学(同校を首席で卒業)。在学中にアルバム「Another Mind」で世界デビューすると共に、欧米での演奏活動を開始。高い演奏能力と音楽性が評価され、日本を代表するピアニストとして活躍。この秋はチック・コリアとの共演(BLUE NOTE TOKYO:9/24・25・26)、自身5度目となる国内ツアーも、年内に予定されている。
http://www.hiromiuehara.com

音楽というのは、音楽から作られるわけではない

上原ひとみ—上原さんが、ピアノを始めたきっかけを教えてください。
上原「6歳の時にピアノを始めましたが、母親に連れて行かれたというだけで(笑)、きっかけは特に何もなかったんです。でもレッスンに行くのをイヤだと思った事は一回もありません。とにかく常に、ピアノを弾くことが楽しかったんです」
——ピアノもですが、早くから作曲なども学ばれていた経歴を見て、てっきり日本でも音楽学校に通われていたのかと思っていました。公立の高校に通われたのは、何か特別な理由でもあったのですか?
上原「音楽学校に留学するつもりだったので、別に日本で音楽系の学校にいかなくてもいいかなと思っていました。どういう学校に行こうとも、絶対に音楽家になるということが大前提でしたから。独学で学べる事も、まだまだたくさんありましたしね。
それに「音楽」というものは、音楽から作られるわけではないですよね。自分が毎日出会う人だったり、ちょっとした出来事だったり、身の回りにあるものを全て吸収しながら生み出されるものですから。でもそれは、普通の学校に行かなければできなかったことではないし、どれだけ自分が周りの環境に対して敏感であるかということだと思います。普通高校だったから音楽漬けじゃなかったかといえば、休み時間も昼休みも、ずっとピアノを弾いていたし、部活も軽音楽部だったし、とにかくずっと音楽漬けでしたから」
——軽音楽部では、どんな音楽を演奏していたのですか? 
上原「ジャニス・ジョプリン、ビートルズ、コーデュロイをはじめ、当時流行していたアシッド・ジャズだったり、とにかくいろいろなアーティストの曲を演っていました。ロックには、ピアノって面白いくらい楽器として使われていないんだなっていう印象はありましたね。私がいるバンドでは、ピアノのない曲にもピアノを入れてましたけど、本当に出番がない(笑)。TOTOやジェフ・ベックも聴いてましたけど、あの頃の音楽はいいですね。音楽が歌ってますし、ビートに頼ってない。ドラムやビートを抜いても、いい音楽なんですよ。それに加えて、上手いドラマーが叩いていますから、たまらないですよね」
——かなり幅広く聴いていたんですね。
上原「本当に、まとまりがないですよね(笑)。
でも高校の音楽科に行ってたら、スコット・ジョプリン(ラグタイムにおいて最も有名な、黒人ピアノ演奏家・作曲家)は知っていてもジャニス・ジョプリンは知らない……そういうことになったかもしれません。
当時演っている音楽の中で、一番好きだったのはロックンロール。チャック・ベリー(アメリカのロック歌手/ギタリスト。ロックンロールの創始者ともいえる大スター)は、赤坂までライヴを見に行きましたし、未だにジェリー・リー・ルイス(1950年代、ロックンロール黄金時代に活躍)のHPとか、チェックしてるんです。ルイスの「火の玉ロック」、一度でいいから生で見たいなと思いますもん(笑)」

この続きはマガジンで...
販売について
バックナンバー
INTERVIEW